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プロットの出来事

2011年、冬。日曜日の白昼だったか、がなり立てる電話だった。「秋葉原のプロット出来たから」監督からのお電話だ。数分後、プロットが送られてきた。直ぐさま厳冬で脳味噌まで凍ってしまった体を奮い正しメモを取りながら読むこと二回、外はもう茜色に変わっていた。メモにはこう書かれていた。犯人の加藤智大が書き込んでいた掲示板の言葉から想起された男、梶知之が主人公。崩壊した家庭、友達なし、捻くれて歪んだ性格、非正規社員で地方を転々とし、どこを見渡しても居場所はない。完全孤独な男で誰よりも愛に飢え、小心のくせに感情剥き出しに「フギャー」と叫び、どうしようもない男なのに何故か憎めない。こんなキャラクター成立するのか?正直、最初はタクシードライバーのトラヴィスみたいな男が地方を転々とし、ブツブツと掲示板に独白を書き込み最後は無差別テロでも起こすのかと思っていた。それもちょっと気を引くがよく考えるとそんな男は映画では彼此100人以上いたのかもしれない。この主人公は…見たことない。凍った脳味噌に炎が煙りをたてて燃えていた。いや、今思うとそれは知恵熱だったかもしれないが、主人公の叫びに共鳴して映画『ぼっちゃん』は産声を上げたのかもしれない。


キャスティングの出来事

2012年、1月。脚本を練りながら平行して主役決めに奔走した。まずこの主人公は20代後半〜30代前半でイケメンではいけないという事が前提。それに加え情けないのに狂気が垣間見える顔。イケメンのパラダイス化している俳優界にそんな顔はそうはいない。当初、主役は梶の初めての親友になる田中君役の宇野祥平さんに目星を付けていた。その頃のプロットでは当て書きで一本の映画の中で徐々にハゲていき最後は完璧にハゲるという、友達もいなくなれば、毛もなくなる、身も心も孤独の追い剥ぎにあう構想もあった。結局、紆余曲折あり監督の弟、南朋さんから「水澤紳吾はどう?」という声が上がりその構想はなくなった。因に水澤さんは偶然なのか必然だったのか2011年の大森家で行われた忘年会で監督と出くわしていて、来て2時間で泥酔、そのまま年越ししてしまうんじゃないかという位の深い眠りに入られた男として覚えられている。しかも殆どの人たちが初対面で、何故か薄汚れたテニスウェアの上下を着ていたので「ダメだよ、寒いからって勝手に入ってきちゃ」と不審者と間違われていたりもした。しかし寝ているだけで主役を射止めるなんて高効率な事はそうはない。そんなこんなで水澤さんの設定でプロットを書き直していった。そうして難航していた主役が決まるとメインキャストたちは続々と決まりだし、あれよあれよと脇も決まって行ったのだった。